【講演録】「コロナによってステークホルダー主義はどこに向かうのか:1/4」渋澤健氏、銭谷美幸氏他(第15回GEI有志会)

第15回グローバル・エンゲージメント・イニシアチブ有志会は、「コロナによってステークホルダー資本主義はどこに向かうのか」をテーマに、2020年5月20日に以下のメンバーで公開意見交換会を行いました。

パネリスト:         
渋澤 健 氏(シブサワ&カンパニー代表取締役、コモンズ投信会長)
銭谷 美幸 氏(第一生命ホールディングス㈱経営企画ユニット部長 兼 第一生命保険㈱運用企画部部長)

モデレーター:    
黒田 由貴子氏(㈱ピープルフォーカス・コンサルティング取締役・ファウンダー)

以下に、パネルディスカッションの概要をご紹介いたします。
なお、この会合で述べられたことは、それぞれの個人的な意見・見解であり、所属組織や団体を代表する意見ではありません。

コロナによって、ステークホルダー資本主義は加速化するのか、後退するのか

黒田:最初にステークホルダー資本主義について触れる。2019年8月に、米経済団体ビジネス・ラウンドテーブルが「米経済界は株主だけでなく従業員や地域社会などすべての利害関係者に経済的利益をもたらす責任がある」とする声明を発表した。年が明け、今年の1月下旬に開かれた第50回という節目を迎えた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)では、「ステークホルダーがつくる、持続可能で結束した世界」がテーマに掲げられた。そして、今年の1月31日の日経産業新聞には、「『ステークホルダー資本主義』は、昨年あたりから国際的な流行語にすらなっている観がある」とあった。しかし、これらはすべてビフォー・コロナの話である。

そこで、まず、ずばりコロナによって、ステークホルダー資本主義は加速化するのか、後退するのかを問いたい。

新聞、雑誌などでは、コロナによってステークホルダー資本主義は加速化するのだという論調をよく見かける。しかし、経済が成長し、財源が増えている限りにおいては、その増えた分をステークホルダーに幅広く還元しようという話はしやすいし、反対する人も少ない。一方、儲けのパイが限られるときは、優先順位をつけていかなくてはいけない。

自分自身、数社の上場企業の社外取締役を務めており、来月に株主総会が控えており、配当金や役員報酬、雇用の維持などについての議論の最中である。トレードオフの議論にならざるを得ない面がある。

世界の機関投資家らが「配当より雇用維持を」と言っていると聞くが、それは近い将来に経済が動き始めたときの働き手を確保しておく必要性を重視しているからであって、従業員のためを思って言っているわけではないのではないか。その証拠に、米国では、従業員が職場でコロナに感染しても雇用主は法的責任を問われなくする法案を検討中という。従業員のウェルビーイングはどうでもよいと言っているに等しくないか。これでは「ステークホルダー資本主義」とは言えないのではないか。

コロナの時代に、ステークホルダーはどのような優先順位になるのだろうか?またはどうあるべきか?

銭谷:今回のコロナ禍による株価暴落や景気後退と10年前のリーマンショックのそれとは全く違うと考えている。昨年、ステークホルダー資本主義が出てきた背景として、世の中が企業に求めるものが変化してきていることがある。特に海外では、どの企業で働くか、どこの企業のものを買うかなどといった企業の選択において、価値観が変わってきた。そして、多くの日本企業もSDGsを取り入れたブランディング活動やIR活動を行っているが、今回のコロナ禍は、その実態が露呈する機会となる。10年前のリーマンショックのときのようにCSR活動が萎んでしまうのか否か、各社に目が注がれている。国内では、労働人口が減っていく中、働き手による企業の選別が進む。また今の時代、SNSなどで情報が飛び交っており、企業の実態を隠し切れない状況にある。

総じてステークホルダー資本主義が後退することはなかろう。しかし、実際に、資金繰りなどで企業が痛んでいるのも現実であり、目先の動きとして、正社員は守るが、非正規社員は契約解除するということも起きており、楽観的なことは言えない。

一方、海外のグローバル企業を観ていると、事業戦略に本気で取り組んでいる企業ほど、コロナ対応は自社のビジョンを明確に示す機会だと捉え、様々な対応をしている。ゼネラル・モーターズをはじめとして自動車会社が人工呼吸器を作ったり、ラグジュアリーブランドのLVMHがマスクを作ったり、化粧品会社のロレアルが消毒液を作ったり等といった例がある。いずれの企業も、トップ自らが会社のホームページのトップページでコロナ対応にどう取り組むかを表明している。中国の電気自動車メーカーを傘下に持つBYDグループ企業でもマスク生産をいち早く表明し、今や世界のトップのマスクメーカーとなった。

更に注目すべきは、こうした各企業による対応のプレスリリースの日付が3月中旬であることだ。日本で緊急事態宣言が出されるより前に、既にこうした企業が対応を始めていたということであり、日本企業の動きと比べてスピード感が全く違う。日本企業は、コロナ禍に際し自社の在るべき姿を明確にするスピード感の遅さを認識すべきである。

黒田:海外の企業と日本企業の対応の温度差については私も気になっていたところで、4つ目の論点として後程改めて掘り下げたい。

渋澤:我々が問いかけるべきは、「ステークホルダー資本主義を加速させたいのか、あるいは後退させてよいのか」ではないかと思う。ステークホルダー資本主義は最近話題になった言葉ではあるが、まずは原点から考えたい。約500社の会社を創設し資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一は、1873年に最初の銀行を作った。当時は、銀行という存在がなく、ベンチャー企業のようなものだった。そこで、渋沢は銀行のことを次のような例えで説明した。「銀行は大きな河のようなものだ。銀行に集まってこない金は、溝に溜まっている水やぽたぽた垂れている滴と変わらない。。。折角人を利し、国を富ませる能力があっても、その効果はあらわれない。」つまり、お金という資源が少額に銀行に集まり、それが小さな流れとなり、その小さな流れが他と合流していけば大きな河になり、大きな原動力になるというイメージだ。日本の明治、大正、昭和では、国民のお金が一滴、一滴と銀行に集まってきて、産業発展を支えたという構造があった。我が国の資本主義の原点はここにある。資本主義の目的は格差を生むことではなく、今日より良い明日を実現させる成長性ある事業のためにお金を集め循環させることである。

では、散らばっているもの(滴)がなぜ1つのところに集まってくるかということだが、共感がないと集まってこない。約20年前、自分は某大手ヘッジファンドに勤めていたが、ヘッジファンド業界は「利益を出してほしい」という共感のもと、富裕層のお金が集まり生まれたもの。今日のこの会も、皆さんは「コロナでステークホルダー資本主義はどうなるのか」という共感のもと集まっている。つまり、「共感」は散らばっているものを同じ場所に集める力があるのである。

もう1つ、「共助」という大切な概念がある。「共助」とは、お互いで不足していることを補うことである。そうすると、足し算ができる。さらに、その先には「共創」という掛け算がある。

渋沢栄一は資本主義の父と呼ばれているが、実は本人は「資本主義」という言葉は使っておらず、「合本主義」という言葉を使っていた。「共感」によって寄り集まって、「共助」によってお互い補い、「共創」するというのが、渋沢栄一が目指していた合本主義、すなわち資本主義だと思う。

渋沢栄一は株主を否定していたかというと全くそうではない。ただ、価値を創るには経営者が必要で、社員も取引先も顧客も、また安心して商売できる社会も必要である。こういった様々なものが集まって価値を創るのである。なので、合本主義を英語で表現するとStakeholder Capitalism(ステークホルダー資本主義)だと自分は考えている。4,5年ほど前に、ハーバードビジネススクールで渋沢栄一の思想を議論する学会があったが、そのときもStakeholder Capitalismという言葉を使った。

つまり、ステークホルダー資本主義は新しい概念ではない。日本において経済社会が近代化した原点なのである。

今回のテーマだが、ステークホルダー資本主義は続くか続かないかという問題提起ではなく、日本人としてステークホルダー資本主義を続けたいのか、という問題提起がコロナによってもたらされていると考える。

また、誰しもが感染したくないので、Me(自分)を大事にすることで安心安全が得られるかもしれないが、Meだけの生活は楽しくない。たとえばこうやってオンラインで集まったりするのも、Weがないと楽しくないから。それを資本主義に当てはめれば、株主だけでもなく、経営者だけでもなく、We(皆)が満たされた生活を送ることができるのが大切だと思う。

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