【講演録】「『hhcはCSRでもCSVでもない』エーザイの企業理念とその実践」高山千弘(エーザイ株式会社執行役員)(第6回GEI有志会)

『hhcはCSVでもCSRでもない』
知識創造による共存在社会の実現 ~共感を通じて人と社会の在り方を問う
(2017年9月8日開催2017年度第2回GEI有志会/品川塾)

エーザイ株式会社 執行役員知創部 高山千弘様にご講演いただきました。大変多岐に渡り示唆に富んだ内容でしたが、ここでは要約をレポートいたします。

株主も承認したhhc

エーザイ株式会社執行役員の高山千弘様のお話は、人類の進化論やアダム・スミスの道徳感情論、チェコの文学者であり大統領であったハベルの言葉などから始まり、戸惑った人もいたかもしれません。しかし、それらはhhcを語る上で欠かせない思想的支柱であることが、お話が進むにつれ明らかになっていきます。

hhcとは、エーザイの企業理念であるhuman healthcare companyの略であり、それは「患者様・生活者の皆様の喜怒哀楽を第一義に考え、そのベネフィット向上に貢献すること」を意味しています。代表執行役社長CEOの内藤晴夫氏が唱えていたことですが、当初はなかなか社内に浸透せず苦労していたといいます。そこで内藤社長が巡り合ったのが一橋大学の野中郁次郎名誉教授の知識創造経営論であり、これを社内に取り入れることで、社員がhhcを実践していく方法論が得られることとなりました。

知識創造経営の手法であるSECIモデル(注)の中で、最初のモードのSとはSocialization(共同化)であり、そこで鍵となるのは、「共感」です。「共感」すなわち「患者様と喜怒哀楽を共にする」ために、エーザイの全社員はビジネス時間の少なくとも1%を患者様と共に過ごし、共体験をすることが義務付けられています。

2005年には、この企業理念と、エーザイの使命が「患者様満足の増大であり、その結果として売上、利益がもたらされ、この使命と結果の順序を重要と考える」ことを定款に記すことになりました。定款の変更は株主総会にて承認されました。企業理念を定款に記したのは、世界でも初めての事例だそうです。

そして、CSRは利益の一部を還元するという考え方、CSVは利益創出のための手段として行うという考え方であるのに対し、「利益は目的ではなく結果である」と明言したhhcはCSRやCSVとは一線を画すものなのです。

注:SECIモデルとは、組織内の暗黙知と形式知を交換し移転していくプロセスを示しており、次の4つのモードから成る。

・共同化(Socialization):共体験などによって、暗黙知を獲得・伝達する

・表出化(Externalization):得られた暗黙知を共有できるよう形式知に変換する

・連結化(Combination):形式知同士を組み合わせて新たな形式知を創造する

・内面化(Internalization):利用可能となった形式知を基に、個人が実践し、その知識を体得する

出所:『知識創造企業』野中郁次郎ほか

 

グローバルに広がるhhc活動

hhcの具現化と、「1%の時間を患者様と共に過ごす」活動は海外でも同様に行われています。例として、アメリカやフランス、タイなどでの社員と患者様との共同活動が紹介されました。

さらには、ビル&メリンダ・ゲイツ財団や国連のWHOなどと共に「顧みられない熱帯病に対するロンドン宣言」に唯一の日本企業として参画し、2020年までに10の「顧みられない熱帯病」の制圧に向けて共闘することとなりました。エーザイはリンパ系フィラリア症を受け持ち、その治療薬を「プライスゼロ」でWHOに提供しています。「無償」ではなく「プライスゼロ」という言い方にこだわるのは、この活動はビジネスの一環であることを強調したいからだといいます。つまり、途上国における健康福祉が向上すれば、経済発展や中間所得者層の拡大に寄与でき、将来の市場形成につながるので、これは長期的な投資だと位置づけられているのです。

 

さらに目指すは企業活動による格差の解消

2015年の国連によるSDGs(持続可能な開発目標)制定に伴い、エーザイはSDGsの1番、3番、9番、10番、17番に焦点を定め、世界で様々な形で存在する医療・ケアのギャップを解消させる新薬の開発とソリューションの提供を誓いました。そして、中長期戦略である「EWAY2025」の中で、目指す企業像を「MEDICO SOCIETAL INNOVATOR」としました。これはエーザイの造語ですが、意味するところは「薬とソリューションで社会を変える企業」ということです。

そのために新しいビジネスモデルである「リビング・ラボ」に着手しました。これはヨーロッパで始まった手法ですが、SECIモデルの組み合わせによって、エーザイ独自の進化を遂げています。エーザイのリビング・ラボは「住民との共同化を通して得られた暗黙知をベースに、地域の不安や悩みを解消するだけではなく、そこに暮らす人々がいきいきと健康に過ごしていけるために、住民・地域団体・行政・アカデミアと企業との連結化により、健康ベースの暮らし全体の充実を図ること」を目的としています。さらには、住民の経済的基盤の強化のために、住民による合同会社を設立し、自立型地域包括システムを構築していきます。エーザイは、従来の製薬業界の枠に囚われない新しい社会的役割を追求し始めたのです。

 

<渋澤健ならびにご来場の方々との質疑応答(抜粋)>

Q:開発者が製品開発のために患者と時間を過ごすのは理解できるが、研究者も1%の時間を患者と過ごすのか?
A:1%の時間を患者様と過ごすのは、すべての社員に義務付けられていることである。

Q:hhcのような非財務的活動を、どのように見える化しているのか?
A:業績結果だけでなく、そこに至るプロセスでSECIモデルを活用しているかをトップは問うている。

Q:長期的な投資、基礎研究などについてはどうしているのか?
A:基礎研究はまだ答えの見えていない難しい課題であるアンメット・メディカル・ニーズに集中的に投資している。

Q:SECIモデルはBtoBのような業種にも適用することが可能か?
A:どのような業界にでも適用可能だと考えている。BtoBの会社であっても、その先には消費者がいるはずで、そこから考えていくことができる。

Q:SECIモデルを実践するにはどうすれば良いのか?
A:基本的には野中先生の本に書いてある通りのことを実践すれば良いが、内容はとても難解である。そのため、実際の話を聞く方が理解しやすく、最もわかりやすくSECIモデルを語れるのが弊社のCEOの内藤だと野中先生が言っている。

Q:SECIモデルを浸透させるためにどのような工夫をしているか?
A:工夫としてはほぼ毎年サーベイを行い現状の確認をしている。また、各拠点でナレッジリーダーを選任し、活動の旗振り役になってもらっている。放っておいたら、目の前の数字を追うようになってしまうのは人間の性なので、繰り返し働きかけることが必要である。

Q:海外の人は数字で動くような印象があるが、外国人社員はhhc活動に対してはどんな反応か?
A:むしろ日本人以上にポジティブな反応だ。hhcに感銘を受けてエーザイに転職してくるという人も少なくない。

高山様、大変貴重なお話をありがとうございました。

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