2017年度第1回GEI有志会レポート:「SDGsの取組みは企業価値を向上するか:キリングループの挑戦:キリンホールディングス株式会社」

多摩大学大学院との共催で行われた2017年度第1回グローバル・エンゲージメント・イニシアチブ。「持続可能な開発目標(SDGs)は企業価値を向上させるか」という大テーマの下、研究者、投資家、民間企業という異なる3つの立場の方々に登壇いただきました。(2017年5月22日)

第1回GEI有志会レポート

■CSRとルール:羽生田慶介氏
■グローバル・エンゲージメントとSDGsと企業価値:渋澤健氏
■キリングループのCSV戦略について:森田裕之氏

冒頭は、多摩大学大学院ルール形成戦略研究所の客員教授で、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社執行役員/パートナーの羽生田慶介氏のショートレクチャー。羽生田氏は経済産業省のご出身で、制度、官民のルール形成、そして企業経営について深い見識をお持ちです。以下がその要約です。

羽生田慶介氏のショートレクチャーの様子

■CSRとルール:羽生田慶介氏

・企業経営者の間でSDGsに対する認知度は上がってきているが、ビジネスの中でどうSDGsを活かせるかということに関する認識はまだ低い

・今後、SDGsに関するルール形成についても考えることが重要である。SDGsでは社会・企業が目指すべき方向性や示されたものの、その取組の巧拙に対するモノサシができていない。この巧拙のモノサシづくりという「ルール形成」がビジネスの競争力に大きな影響を与える

・そもそもルール形成において、従来は「互換性」や「品質保証」「モジュール化(価値単位の定義)」が主眼にあったが、現在は「環境」や「安全」のような標準と規制が組み合わさった社会課題対応に論点がシフトした。これにより、ルールへの対応の巧拙が企業利益に直結するようになったのだ

・ルール形成を行うのは政府に限られるわけではなく、民間企業も主導できる。
 -例として、ウォルマート社によるサステナビリティ・コンソーシアム/インデックスがある。こ
  れにより、ウォルマートの調達先である世界10万社が影響を受ける可能性があることに加え、
  政府との連携により多様な政策とも連動しつつある

・SDGsへの対応の巧拙が、企業業績にどのような影響があるか数字で示さないと、企業人には響かない。例えば、
 -あるエネルギー系企業は、バイオ燃料市場拡大を目的とした政策提言を行い、それによって得
  られた売上積み増し効果が約2750億円(売上高全体の38%)あったと推定される

・これほどのインパクトがある重要な課題のため、多摩大学ルール形成戦略所では政産官学によるルール形成戦略の動きを本格化させている。そして、本日のテーマである「SDGsの取組みは企業価値を向上させるか」については、間違いなくそうであると言える

次に、グローバル・エンゲージメント・イニシアチブの主宰者の一人であり、コモンズ投信株式会社の取締役会長である渋澤健氏から、次のようなお話がありました。

渋澤健氏よりグローバルエンゲージメントについて

■グローバル・エンゲージメントとSDGsと企業価値:渋澤健氏

・グローバル・エンゲージメントとは、「企業が、持続的成長をはたすために、地球的課題について様々なステークホルダーと対話・協働して、共創すること」と定義している

・地球的課題はSDGsにリストアップされている。SDGsを前身のMDGsと比べると根本的に異なるのは、MDGsは先進国が途上国に対して行うことだったのに対し、SDGsでは先進国も含めた自分たちにとってのサステイナブルな経済成長が問われていること。また、MDGsの主役が政府や国際機関であったのに対し、SDGsは民間も主役であり、広がりがある

・SDGsは、17の目標、169の項目と幅広く、どんな立場の人であっても何らかの関わりがありうる
次の世代が、前の世代や今の世代よりよいものであってほしいという思い、そして、投資は、目先の利益だけでなく、世代を超えられるものを目指してもよいはずだという思いから、コモンズ投信を立ち上げた「コモンズ30ファンド」は3つの特長がある

①30年(世代を超える投資:企業の持続的な価値創造に投資)
②30社(厳選投資:投資先の顔が見える数に限定)
③対話(エンゲージメント:一般個人は価値創造の大切なパートナー)

コモンズ流の対話の場とは、一般個人と企業との接点の場を設けることだ。例えば企業が作成する統合報告書を一般個人の投資家が読みフィードバックをしている持続的価値創造ができる企業かどうかを見るポイントは5つある

①収益力(財務価値、見える価値、過去の結果)
②競争力
③経営力
④対話力
⑤企業文化
(②~⑤は非財務価値、見えない価値)

・これらの5つはレイヤーのようなもので、見えない価値が土台となって、収益力という財務的価値が「見える価値」として現れる

・投資家として、議決権を行使することに留まることなく、ESG投資を対話のツールとして捉え、どうしたら企業価値を持続的に創造できるかを投資先と互いに学び合う立場でいたい。このグローバル・エンゲージメント・イニシアチブもその考えに基づいた活動の一環である

そして、本日の主題であるキリングループのCSV戦略について、キリンホールディングス株式会社グループCSV戦略担当で主幹の森田裕之氏に、CSV戦略立案のプロセスとその苦労を語っていただきました。森田さんならではの話術で、会場は何度も笑いに包まれました。内容も興味深いことばかりでしたが、ここでは概略のみをご紹介いたします。

森田裕之氏よりCSV戦略について

■キリングループのCSV戦略について:森田裕之氏

<経営陣全員で策定したCSV戦略>

2010年に常務取締役 CSR担当 となった現キリンホールディングス社長の磯崎がダボス会議に参加したり、マイケル・ポーター教授と個別に面談したりする機会を得たことなどが、キリンがCSVに取り組むきっかけになったと思う。2012年に磯崎がキリンビールの社長に就任し、2013年にCSV本部を立ち上げ、翌年にはキリンホールディングスにグループでCSVを推進する組織を立ち上げた。長期経営構想「新KV2021」では、CSVを価値創造に向けた戦略の枠組みと位置付けている。
策定にあたっては、まず2016年の正月明け早々にキリンホールディングス(以下KH)の常務執行役員の情報交換会で、「グループでCSVに戦略的に取組む必要性」について議論してもらった。その後、個別にCSVに勉強する機会を経て、5月の週末にKH常務執行役員全員に集まってもらい、ネスレなど欧米企業によるSDGsの先進的取組み事例などを学び、社外取締役でグローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン代表理事を務める有馬利男氏のご参加もいただき、既に定めていた「持続的成長のための経営諸課題(グループ・マテリアリティ・マトリクス)」の11課題の中から優先順位付けを行った。
その翌月には、グループ傘下の各社社長も交えて、事実上初のCSV委員会を開催し、「健康」「地域社会への貢献」「環境」の3つをCSV重点課題とすることが決まった。
この決議を経て、重点課題に取り組む理由とありたい姿を語るCSVストーリーと、具体的に誰が何をいつまでにどのくらいやるのかを示すCSVコミットメントを、半年間かけて策定した。ステークホルダーダイアログや社外役員との意見交換も経て、2016年12月のキリンホールディングスの取締役会にてグループCSVコミットメントが承認された。
出来上がったCSVコミットメントとストーリーはこちら

<市場からの反応>

グループCSVストーリー及びコミットメントは、2017年2月13日の決算および事業方針発表会にて対外発表された。発表内容には、前期のブラジル事業における特損の影響による史上初の赤字決算から、今期は過去最高益となるV字回復、ブラジルキリン社の株式譲渡、米コカ・コーラ社との資本提携協議終了、ミャンマーのマンダレーブルワリー社への過半数出資など大きなトピックスが並んでいたにも関わらず、説明会に出席されていた投資家から、CSVストーリー/コミットメントについて質問、ご意見をいただいた。正直、自分も驚いた。また、その後もアナリストや記者からCSVについての問い合わせが続いており、キリンのCSVに対する世の中の関心を肌で感じる。ただ、投資家の中には、まだ、CSVやESG、サスティナビリティについてどういう質問をしたらよいのかわからない方が多いのも事実である。

<更なる進化が求められるCSV戦略>

今後に向けても、いくつか課題があると考えている。
①短期P/Lとのコンフリクト。特に、これからの環境の取組みは費用増になる。
②社会課題をトリガーとしたR&D。
③価値の測り方。何を価値としてどう測るのか、或いは測ることが必要なのか、の検討が必要である 等
これらの課題について、次回のCSV委員会で議論する予定である。

そのあと、渋澤氏ならびに会場の参加者と様々な質疑応答が行われました。ここでは、投げかけられた質問をご紹介しますが、回答内容は割愛いたします。

森田裕之氏(左)と渋澤健氏(右)による対談

<渋澤氏ならびに会場の参加者からの質問>

・役員たちを主体にしてCSV戦略を作っていった話は大変興味深かったが、現場への落とし込みはどのようにしているのか?

・世代間の違いはどうか?ミレニアル世代の社員の方たちは、SDGsへの関心が強いのか、あるいは無関心なのか?

・役員の中で、温度差などはあったのか?

・Value Protectionは見えやすいからわかりやすい。Creationは何ができるのか見えづらい。30年後のキリングループはどんな会社になるのか?

・社外対応の戦略は?

・CSRやCSVの部署の人たちは、SDGsのような問題について毎日のように考えている。ところが、IRの人たちはそうではなく、それは投資家から聞かれることがないからだと思う。であれば、IRの人は、「聞かれないから言わない」ではなく、「自ら説明しているか」が問われるべきではないかと思う。企業側から投資家に対してどんどん説明していくようにすれば、それなりにメッセージが響く投資家もいるのではないかと思うが、どうか?

・CSVストーリーを考えるとき、キリンならではのストーリーになっていると思うか、それとも競合他社にとっても当てはまる内容か?

・「アルコールは健康文脈で語れないから別出しした」という話があった。アルコールを減らすというのは、本業の否定であり、反発も多かったのではないか?どう合意したのか?

・「コミットメントが小さくなってしまう、そしてグループ共通のテーマがない」という話だったが、ユニリーバのように、「わが社が目指すのはこれ」とスパッと言い切っているとわかりやすい。日本企業の事業計画の作り方の特徴でもあるが、各部署の積み上げ型になりがち。グループ全体としての目標を立てるやり方は考えられないか?

・コミットメントの中には、貧困やジェンダーなど社会正義に関する項目が少ない。ステークホルダーと対話したとのことだが、そのときのステークホルダーの幅はどうだったのか?NPO・NGOはいたのか?

・海外ではCSVのような話をしないと投資家は満足しない時代である。日本で投資家を育てるために事業会社としてできることは何か?

・人権は、日本企業はあまり取り上げない。外国人労働者が日本に100万人ほどいるが、下請け企業のようなところで働いている人たちの労働環境が劣悪という問題がある。大企業としては、バリューチェーンのどこまでをどれほどに把握すべきなのだろうか?

・SDGsは企業価値を向上するかという命題について、数的なリンケージはどう考える?どう測定する?

・今後、どんなルールができたらよいと思うか?

森田さん、貴重なお話をどうもありがとうございました。