【講演録】「SDGsの本当の意味をわかっているか」田瀬和夫(SDGパートナーズ有限会社代表取締役CEO)他(第8回GEI有志会)

2017年度第4回GEI有志会では、最初に多摩大学大学院教授・研究科長の徳岡晃一郎さんに、SDGsの実現に欠かせないイノベーターシップ®についてご講演いただきました。以下はその要約です。

SDGs実現に求められるイノベーターシップ®

多摩大学大学院教授・研究科長 徳岡晃一郎 氏

「MBO(Management By Objectives)からMBB(Management By Belief)へ」を一橋大学の野中郁次郎名誉教授と共に長年提唱している。前者は数値による管理であるのに対し、後者は、「思い」で管理をすることである。MBBがないことには、SDGsの取組みは難しい。
時間軸やステークホルダーの広がり、環境の変化など、様々なことがマネジャーに降りかかっていて、多くの人が「この先どうなるのだろう」と感じているのではないか。
日本能率協会の調査によると、経営者がミドルマネジメントに求める要件として、最も重要度が高まったのが「現状に囚われずに変革を推進する」ということだったが、同時に、この点について、経営者によるミドルマネジメントに対する評価は最も低い。つまり、ミドルマネジメントは目の前のことに精一杯である現状が見えてくる。それ故、日本のイノベーションは小粒になりがちである。そして、SDGsはグローバル・ビッグ・イシューに立ち向かわんとするものだが、日本ではまだ動きがにぶい。

そもそも、イノベーションには次の3つのレベルがある。
1. 新しい技術、アイデアから価値を創出するイノベーション(ものづくり)
2. ライフスタイルを変えるイノベーション(ことづくり)
3. 持続可能性、社会的公正、共通善を目的とするイノベーション(SDGs的イノベーション)
日本企業はものづくりの呪縛があり、イノベーションに対するイメージが貧困ではないか。イノベーションの本質とは、未来像、世界像を描き実現していくことに他ならない。
そのようなイノベーションを実現していくために、組織や人に意識をどう変えるかが課題である。そこで、どういう人材を育てていくべきかを明確にするために、イノベーターシップ(R)という概念を作った。これはマネジメントやリーダーシップとの対比となる概念であり、「熱い思いをもって未来を創造すること」を意味している。
今、日本の教育現場も企業現場でも、イノベーターシップ®を有するスケールの大きい人材を育成しようとしていないことが問題である。その突破口になりうるのがSDGsである。
またイノベーターシップ®には、目標達成に向けた実行力のみならず、「ビジョン、夢、意味づけを高いレベルで考え提言する力」も求められる。これは、思い・justified true belief・信念といったことだ。こうした力は、様々な経験や人との対話で培われていく。

次には、SDGパートナーズ有限会社代表取締役CEOの田瀬和夫さんにご講演いただきました。お話は、いきなり「ホモサピエンスは、、、」と始まり、一瞬戸惑いましたが、SDGsを壮大な歴史観で捉える重要性に心揺さぶられました。幾度か聴衆に問いかけながら、SDGsに関する幅広いご見識を熱い想いを込めて語ってくださいました。以下が講演の要約です。

「SDGsの本当の意味をわかっているか」

SDGパートナーズ有限会社代表取締役CEO 田瀬和夫氏

田瀬さんのお話は、いきなり「ホモサピエンスは、、、」と始まり、一瞬戸惑いましたが、SDGsを壮大な歴史観で捉える重要性に心揺さぶられました。幾度か聴衆に問いかけながら、SDGsに関する幅広いご見識を熱い想いを込めて語ってくださいました。以下が講演の要約です。

■SDGsは未来の人々との共存戦略
ホモサピエンスは、唯一、ことばと文字を武器に教育する種であり、それ故生存することができた。その生存戦略とは、20万年からつい最近まで、「勝て」すなわち「他者を殺せ」というものであったが、1945年の国連憲章で初めて共存戦略が打ち出された。そして、そこから70年たった今、SDGsは、次世代の人とも共存することを提唱するものである。それに全世界の人々が合意したことは、人類学的にも歴史的にも哲学的にも極めて重要なことといえよう。
他方、SDGsは国連決議であり、法的拘束力がなく、実現方法も財源も特定されていない。にもかかわらずSDGsが重要視される理由は次の3つである。
1. SDGsから生じる企業のビジネス上の機会
2. SDGsによりコンプライアンスへの圧力がより高まる義務
3. SDGsから生じるビジネスの持続可能性を支える土台

■「紐づけ」で止まっている日本企業
SDGsが制定された2015年以来、SDGsの「内部化」と「企業価値向上」の2つの大きな流れが観察されている。「内部化」とは経営戦略へのSDGsの内部化促進のことであるが、日本企業の場合、自社の事業をSDGsに「紐づける」ところで止まってしまっているケースが多い。「紐づける」こと自体は悪いことではないが、さらに一歩進んで「経営戦略・事業戦略への落とし込み」がなされなくては経営にとっての意味がない。
経営戦略に落とし込み、SDGsから付加価値を得るには、次の3つの思考が必要である。
1. ムーンショット理論(逆算志向)
2. レバレッジ・ポイント理論(梃の力点)
3. 演繹的イノベーション

■SDGsとは人類の「ムーンショット」
ムーンショット理論とは、将来の理想の姿を想像し、そこから逆算して、今必要なイノベーションを起こしていくという考え方。米国のアポロ計画で、ケネディ大統領が1961年に「1960年代のうちに人類を月に到着させる」と宣言し、実際に1969年にそれは実現された。SDGsの中身を見ると、伝染病の根絶や世界上で失業率ゼロなど、2030年までに実現したい壮大な目標がいくつも掲げられており、「ムーンショット」に溢れている。
2番目のレバレッジ・ポイント理論とは、「梃の力点」となる施策を見出し、いくつかのSDGs目標の実現を図るという考え方。SDGsロゴデザインは17個の目標がそれぞれのロゴとなって表示されているため、目標が個々に独立しているかのような印象を与えるということで、一部から強烈な批判を浴びている。本来、目標の相互の関連性を考慮すべきなのである。たとえば、国連世界食糧計画(WFP)の学校給食支援は、給食が梃となり、子供の栄養摂取の機会増加(SDGs目標#2)という直接的効果だけでなく、目標#4,3、8、10、1の間接的な波及効果をもたらした。ソウル市の清渓川復元事業もレバレッジが効いた良い事例である。
3番目の演繹的イノベーションとは、課題に対して対処療法的に対応するのではなく、論理的な解決施策を実施することで根本原因を解消することを狙う考え方である。今の日本で見られるイノベーションのほとんどは対症療法的である。たとえば、毎日、遠くから水を自宅に運ばなければならない人々に対して、転がして運べる水タンクを開発したなら、対処療法的解決策である。理想のあるべき姿には程遠い。それに対して、演繹的イノベーションを起こすなら、「近くに水がない」という根本原因に対する解決策を考えるべきである。

■投資対象から除外される日本企業
次に、SDGsが企業価値向上に与える影響について述べる。昨今、ESG投資が盛んである。財務情報は「筋力」、環境・社会・ガバナンスに代表される非財務情報は「内臓力」に例えられる。内臓がしっかりしているかどうかで、その企業が長生きできるかが決まるので、長期投資家はESGを重視するのである。また、長期投資家の間で、現在、少なくとも以下の4つの分野において、定量化ツールの確立が進んでいる。
1. 地球温暖化
2. 女性のエンパワーメント
3. ビジネスと人権
4. 企業統治(ガバナンス)
定量化ツールにより企業のランキングが促進され、そのランキング次第で長期的な資本調達コストに影響が及ぶのである。これら情報の開示の重要性を侮ってはいけない。実際に、たとえばノルウェーの年金基金はサプライチェーン上の人権侵害の疑いがある日本企業に対し問い合わせをした。それに対する返事がなかった数社を投資対象から除外し、実名発表している。
日本のGPIFは法律上、時価運用ができないことが、日本におけるESG投資が進まない大きな原因である。しかし、法律改正は数年のうちに起きるかもしれない。そうなったとき、GPIFもノルウェー政府基金のようなESG投資をするようになることが考えられる。ESG投資は他人ごとではなく侮っていては企業にとって致命的である。

■地方自治や中小企業にとっても有用なSDGs
日本のほとんどの自治体は、施策とSDGsの紐づけを始めたばかりで、まだSDGsの付加価値はあまり認知されていない。そんな中、北海道下川町は、経済・社会・環境の3領域の統合的解決に取組み、2017年12月には第1回「ジャパンSDGsアワード」総理大臣賞を受賞した。北海道八雲町や沖縄などにおいてもSDGsの興味深い取組みが始動している。
SDGsは大企業だけではなく中小企業も取り組むべきである。中小企業が持つ卓越したイノベーション力を活用でき、地域社会への貢献となり、人材育成の機会となるからである。取り組む際に最も大切なことは、自社の存在意義を徹底的に追求することである。

最後に、「『どんな社会であれば我々は幸せなのか』(well-being)を問うのがSDGsであり、SDGsを経営に取り込むとは、この問いを経営でも考えることである」ことを申し上げて締めくくりたい。

お話のあと、徳岡氏ならびに会場から次の質問や意見が投げかけられ、田瀬さんは丁寧にお答えくださいました。

参加者からの質問に答える徳岡氏(左)と田瀬氏(右)、

・ SDGsは途上国の課題解決だという人もいるが、日本の社会課題も含まれるのか?
・日本企業はSDGsとの紐づけで終わってしまいがちなのは、なぜだろう?開発現場を知らないからだろうか?
・マテリアリティ分析をして、「自社の重点課題は、何番と何番だ」とするのが、一般的だと思うが、それとレバレッジ理論の発想とは異なると感じたが?
・日本にも、「日本が一番大切にしたい会社」に出てくる会社のように、進んで社会に貢献している企業もあると思うが?
・自社は経営品質賞をとろうと考えていたが、「SDGs経営」がパッケージ化されているようなものがあるのであれば、それにしたほうがよいだろうか?
・特に欧州は消費者の意識が高いため、ESGなどに取り組んでいないと消費者に支持されない、だから欧州企業は熱心にESGをやっている。日本の消費者意識を向上させるためにどうしたらよいだろうか?
・SDGsはなぜ2030年をゴールとしたのか?皆、本気で2030までに実現できると思っているのか?各国首脳は実現できなくても責任が問われないから気軽に賛成したのではないか?もっと現実的な目標設定にすべきではなかったのか?
・人権上、児童労働はいけないというのは頭でわかっているが、一方で、ではその子たちはどうやって食べていくのかという現実問題はどうすればいいのか?

次回第9回GEI有志会は2018年4月16日(月)を予定です。近藤哲生UNDP駐日代表をゲストスピーカーにお招きして「SDGs:私たちが望む未来」をテーマに開催しますので、興味をもたれた方はぜひご参加ください。