【有識者インタビュー】Ruth Shapiro (The Centre for Asian Philanthropy and Society Chief Executive)

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香港を本拠地にアジア全域で活動するThe Centre for Asian Philanthropy and Society のChief Executiveである Ruth A. Shapiroさんにお話をお伺いしました。(2016年7月15日)

Q. 貴団体の活動について教えてください。

A. The Centre for Asian Philanthropy and Society は1年前に設立され、アジアにおける個人や企業のフィランソロピー活動の量と質を向上することを目的としています。アジアでは今、寄付者の間で、「信頼の欠如」という状況が生じています。つまり、個人の寄付者も寄付をする企業も、自分が寄付したお金が非営利団体によって効果的、効率的に活用されているのかということについて完全には信頼できていないのです。そこで、我々は、寄付者、すなわち供給側と、非営利団体、すなわち需要側の双方をサポートし、フィランソロピーの効果的なエコシステム(生態系)を作り出そうとしています。

また、このような「信頼の欠如」が生じる要因の一つに、供給側と需要側の双方を取り巻く、寄付にまつわる規制環境があります。これらの規制は複雑で、流動的で、矛盾をはらんだものになっています。したがって、我々は、規制や税法、調達法などの政策に影響を与えるべく政策提言活動も行っています。

Q. アジアでのCSRにはどのような傾向がみられるでしょうか。

A. 全般的にいって、「企業は何か良いことをすべきだ」という考え方が今やアジアでも受け入れられるようになりました。5年前はそうではありませんでしたが、今日では何のCSR活動もしていない企業は稀です。そして、日本を例外として、アジアの企業の多くは家族経営のオーナー企業です。したがって、CSR活動は、そのオーナーや家族の関心事に向けられることが多いです。

それから、CSRには2つの傾向が見られます。1つはインパクト投資であり、もう1つはCSV(corporate shared value)です。両方とも、「良いことをしながら稼ぐ」ということですから、非常に魅力的に聞こえ、注目を集めています。しかし、十分に理解されているとはいえません。どちらとも実践するのは簡単なことではないことを認識する必要があります。

国別でお話ししますと、アジアにおいて、非営利団体の活動の歴史が最も古く、かつセクターとして最も確立しているのはインドとフィリピンです。どちらの国も、「機能不全の政府」と「民主主義」を有していたのが特徴です。「機能不全の政府」からは、政府の手が行き届かないところを埋めるというニーズによって非営利団体が生まれ、「民主主義」からは自由な活動が生まれました。日本の場合は、民主主義ではありましたが、完全ではなくともそれなりに機能してきた政府があったので、民間セクターが社会的に何かを行なう必要性が薄かったといえます。

現在、インドではトップ16万社の企業は税引き後利益の2%を特定のフィランソロピー活動に投じなくてはならないルールがあります。必須ではないのですが、もしそうしないなら、なぜその必要がないのかを説明する義務があります。必要がないことを説明するのは難しいですから、ほとんどの企業が支払うことを選んでいます。財務大臣のArun Jaitleyによると、昨年で企業による支払いの総額は8,347.47クローレ・インドルピー、米ドルで約15億ドルにのぼったそうです。

問題は、インフラストラクチャーが整う前に法律が制定されてしまったことです。多額の寄付金がつぎこまれているものの、そのお金がきちんと使われているかどうかがわかりません。また、中国でも非営利団体を促進するための新しい法律ができましたが、それが何をもたらすのかは、運用を見てからでないとわかりません。

Q. アジアの企業のベストプラクティスを教えてください。

A. まず、私が考えるベストプラクティスとは、非営利団体が持続的に活動できるように企業が力を貸すことです。非営利団体は、マネジメント力、財務・会計スキル、効果測定のスキルなどの実務能力を十分に持ち合わせていません。なので、企業が非営利団体と共に作業する中で、そういったスキルを移転していくことは大きな意味をもちます。

では、いくつか具体例をあげましょう。インドでは、Dilasa Sansthaと戦略的パートナーシップを始めたAxis Bank Foundation(ABF)の例があります。Dilasa Sansthaは、農家が生産量を向上し安定的に生活の糧を得られるように支援することを専門に活動する団体で、ABFは農村地域での貸し付けに協力し、予算管理や評価方法を強化することを手助けしました。それにより、Dilasaは初めて、受益者の所得や家計資産、教育レベル、栄養状態、投資計画、保険契約などの様々な需要なデータを収集し管理できるようになったのです。

マレーシアの例では、Khazanah Berhardという政府系ファンド会社が、自然災害時の医療対応をするMercy Malaysiaという団体の能力開発に貢献しました。Khazanahは、被災地で効率的に人員やリソースを配分できるような管理システムを開発することを助けたのです。それによって、Mercyは、世界中の被災者を支援する団体として、国際的に認められるような組織になることができました。

今のところ、このような能力開発支援の例は金融機関に多いのですが、金融以外の業種の企業が同じようなことができないわけがありません。様々な業種からの例が増えるとよいですね。

CSVの例ですと、フィリピンのManila Waterが好事例です。マニラの貧困地域にきれいで安価な水が届くよう水道管を整備しました。これによって、貧困層の生活環境が改善しただけでなく、Manila Waterの利益も改善したのです。この事例は、ハーバードビジネススクールの教材として取り上げられています。

金融機関はマイクロファイナンスなどCSVの領域においても目立っていますね。また、モバイル決済など通信会社のCSVも注目に値します。

Q. 日本企業の印象はいかがですか。そして、日本企業に何か助言をいただけますでしょうか。

A. 私の印象ですが、日本企業はとても保守的で控えめに見えます。日本企業は間違えることを恐れているので、リスクを取らず、結果、あまり革新的なことができません。できていたとしても、とても控えめなので、世界的に認知されません。しかし、私が注目している日本企業の事例がいくつかあります。

キリンは、地震と津波の被害を受けた福島県の農家を支援するために、そこで取れた梨を使った商品を開発しました。ユニクロを運営するファーストリテイリングは、バングラデッシュでグラミン銀行と組んで衣服を生産しています。ただ、これはモハメド・ユヌスさんの影響を受けたプロジェクトであり、ファーストリテイリングがこのプロジェクトをバングラデッシュ以外の国にも展開していくつもりなのかは不明です。

日本企業からはもっと多くのイノベーションが生まれてくることを期待したいです。日本企業は環境問題については世界の先端を走っています。しかし、その知識やノウハウは日本の中に留まり、日本外のエコシステム(生態系)に浸透することがあまりありません。恐らく、日本には、経団連のような独自のエコシステムがあるからではないかと思います。日本企業が世界に貢献し、かつ自分たちも利することができる機会がたくさんあるのに、残念なことです。

また、日本には数多くの多国籍企業がありますが、CSRの領域では、グローバルなマインドが見られません。一方、タタなど、インドの多国籍企業はとてもグローバルです。あるいはタタほどの有力企業ではなくても、フィリピンのJollibeeやSM Shoemart、インドネシアのIndofoodなどグローバルなマインドをもったアジア企業は多々あります。グローバルなマインドをもてば、ローカルの状況とニーズがよりよく理解でき、自社のCSR戦略に組み込むことができるのです。日本企業がグローバルなCSRに取り組むにあたって、我々の団体が一助になれば嬉しいです。