伊藤忠商事株式会社

創業者の伊藤忠兵衛氏は出身地の近江で商人の経営哲学「三方よし(「売り手よし、買い手よし、世間よし」)」の精神を事業の基盤として事業を行い、創業から150年を経て表現が変化しつつも、その精神は経営の根幹にしっかりと根付いている。
今回は、そんな三方よしの考え方をグローバル規模で体現し、国連開発計画からも、「ビジネス行動要請(BCtA)*1」の取組みとして承認された「プレオーガニックコットンプログラム(以下、POCプログラム)」を以下に紹介する。

■きっかけはMr.Children

POCプログラムが誕生したのは、Mr.Childrenのデビュー15周年のイベントがきっかけだった。音楽プロデューサーであり地球にやさしい製品の開発を行う株式会社Kurkku(クルック)を経営する小林武史氏は、15周年を記念するコンサートグッズにふさわしい素材を探す中で「オーガニックコットン*2」を知ってぜひ使いたいと考えた。そして、繊維の取り扱いに強みをもつ商社である伊藤忠商事に声をかけたのだ。

オーガニックコットンを要請通り供給したことで信頼関係が生まれ、何か一緒に出来ることはないかと、伊藤忠商事担当者とKurkku担当者の二人は一緒にインドへ視察に向かった。そして、そこで日々の生活をすることさえままならない農家の厳しい環境を二人は目にすることになったのだ。
農家の人たちの皮膚は農薬のせいでひどく荒れていて、荒れた肌に黒い斑点が浮き、腕に大きなこぶのある人の姿もあった。また、畑では農薬をまいているそばの井戸で、子どもや老人たちが水を飲んでいる。
「すぐにでも農薬を使わない栽培に切り替えていくことができないのか」
知ってしまったからには、ほうっておけないという想いから、現地の人に色々と話を聞く中で4つの課題が見えてきたそうだ。

課題1:健康被害
-虫のつきやすい綿花は農薬を使うしかないが、素手で農薬・殺虫剤を散布するこ
とで皮膚病や肺病にかかってしまう
課題2:貧困(借金で農薬購入)
-公的な金融機関がなく、50%とも言われる高金利のヤミ金融から借りるしか
ないため、貧困から抜け出せない。
課題3:環境汚染(農薬等の水系への流出)
-土壌が汚染されることによって微生物が減り土壌が瘦せるので、徐々に収穫量が
減少してしまう。
課題4:オーガニック移行への障壁
-オーガニックコットン栽培へと移行する際、認証が下りるまでの3年間農薬が使
えないので生産量が減り生活に必要な収入が得られなくなる

現状を整理すると農家は貧困抜け出すためにはオーガニック栽培に移行することが一番なのは明らかだが、農家の人々は「ただでさえ苦しい生活の中でリスクが冒すことはできない」という壁が前に立ち塞がっていたという。
しかし、そこであきらめずに帰国後も試行錯誤を続ける中で「プレオーガニックコットン」という発想が生まれてきた。オーガニックコットンとして認められるまでの3年の移行期間は、虫害などで収穫が減った場合、その分をオーガニックコットンと同じ値段で買い取ることで収入が減る分を保証する仕組みにしたのだ。さらに農家への有機農法の指導、オーガニック認証の取得サポートなど、各種インセンティブを与え、綿農家からオーガニックコットン農家への転換を促すPOCプログラムが完成した。

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■多様なステークホルダーの巻き込み
POCプログラムは動き始めたもののすんなりとは進まなかった。幾度も壁にぶつかり、その度に一歩ずつ乗り越えて行く必要があった。その中でも特に大きな壁は3つあった。
1つめの障害は現地の農家にオーガニックに移行する決断をしてもらうことだ。最初はPOCプログラムの説明をしても「そんなおいしい話があるか」と簡単には信用してもらえなかった。だが、一軒ずつ家を回って説明する中でもう何も失うものはないと移行を決断してくれる農家が出てきてくれた。そして、人々が取り組みが進むにつれて「病院に行く回数が減った」「お腹が痛くならなくなった」と変化を口にするようになった。さらに、生活も家がかやぶきからトタン屋根やレンガ造りになったり、と目に見えてわかる変化も起きた。そのことで、それまで様子見だった農家も次々と手をあげるようになりPOCプログラムを起動の乗せることが出来たそうだ。

2つめの問題は様々な費用の負担、特に変動する相場に対して買取保証をするリスクをどうするかという問題だ。綿相場が下落している時にも一定の金額を保証という負担を伊藤忠商事だけで負担するというのは負担が大きい。そのため、日頃から付き合いのある取引先にPOCプログラムのことを説明し、負担を分散する体制を一緒に取り組めないか提案して回った。すると、共感してくれる企業が出てきてくれたことで体制が実現し、金銭的に問題も軽減することに成功した。

そして、3つめの問題は、担当者自身が如何に取り組みに対するモチベーションを保つかだ。売上・利益という面で見るとPOCプログラムは規模が小さく会社への貢献が出来ているとは言えず肩身が狭くなりがちであった。そこで、金銭的な評価軸ではなく、社会的な意義という軸で社内外から評価を得る方法はないかと考えグッドデザイン賞に応募した結果、「グッドデザイン・サステナブルデザイン賞(経済産業大臣賞)」を受賞した。これにより担当者はもちろん他の社員にも取り組む意義を実感する機会を感じてもらうことに成功した。

■POCプログラム:取り組みの成果
POCプログラムは現在では農民から大きな支持を得ている。その成果は2012年12月に行われたインドのPOCプログラムに参加する農家の状況を調査した法政大学 吉田秀美准教授の現地調査報告でも報告されている。
(1)綿花の生産財(農薬・肥料・種子)の支出の減少
(2)余剰資金を住宅の改善や子どもの教育、債務等の返済に活用
(3)半数以上の参加者が健康状態(特に皮膚のかゆみなど)の改善を実感
(4)持続的に生産していくための有機栽培の技術を習得
また、定量的な成果としては2011年時点で555軒のオーガニック認証農家が誕生したことは社会に与えた大きなインパクトと言える。

■全社を挙げ推進する風土づくり
伊藤忠商事では今回の取り組み以外にも中米のコーヒー農園の認証取得の支援、水不足等の課題を解決する水事業、それまで埋め立て処分されていた廃棄物で発電する処理・発電事業、などを展開しておりグローバル・エンゲージメントの考えを実践している先進企業と言える。
また、このような短期的に収益につながらない仕事は一部の担当者が取り組むものという意識ではなく、全社員に社会的課題(SDGs)を意識するように促しており、グループ会社も含めた勉強会の実施やCSRアドバイザリーボードの設置など、全体の底上げを図る取り組みも徹底している。そのため、いずれは社員一人一人が当たり前に地球規模社会課題を意識するようになり、さらに新たな事例が多く出てくることが期待される。

*1ビジネス行動要請(BCtA:Business Call to Action)
BCtAは商業的な成功と開発の成果を両立するビジネスモデルの構築を促進するための世界的なイニシアティブ(取組)である。オーストラリア国際開発機関(AusAID)、オランダ外務省、スウェーデン国際開発協力庁、イギリス国際開発局(DFID)、アメリカ合衆国国際開発庁(USAID)、UNDP、国連グローバル・コンパクト、クリントン・グローバル・イニシアティブ、国際ビジネス・リーダーズ・フォーラムの協力によって推進されている。

*2オーガニックコットン
オーガニック農産物等の生産方法についての基準に従って2 ~ 3 年以上のオーガニック農産物等の生産の実践を経て認証機関に認められた農地で、栽培に使われる農薬・肥料の厳格な基準を守って育てられた綿花のこと。

【参考】
POCプログラム:
http://www.preorganic.com/
伊藤忠商事:サプライチェーン・ルポルタージュ第1回「綿花からTシャツまで」
http://www.itochu.co.jp/ja/csr/supply_chain/reportage/back_number1.html
朝日新聞デジタル:農薬漬けのインドの綿農家を救えるか
http://www.asahi.com/and_w/life/TKY201307300134.html