「SDGsに18目のゴールを」渋澤健(シブサワ・アンド・カンパニー 渋澤健)

三月下旬、久しぶりに南カリフォルニアの太陽を浴びました。透き通った青空の下に広がる海を眺めると、そよ風と共に日々の邪念から解き放たれます。しかし、今回の目的地はビーチではなく、ロサンゼルスのダウンタウンから北へ30分程のグレンデール市で開催されたThe Unknown History of Japan-Armenia Relationsというイベントでの講演でした。

ロサンゼルスには、実はアルメニア国外の最大のアルメニア・コミュニティがあり、グレンデール市の人口の四割弱がアルメニア系です。市長もアルメニア系、市議会議員の多くがアルメニア系です。日本からは地理的にも、歴史の側面でも遠いと感じられるアルメニアですが、実は知らざる歴史があります。

アルメニア・ジェノサイド。およそ100年前にオスマン帝国との対立で起こったアルメニア人の大量虐殺で、特に1915年から1917年の間に殺害された数は150万人と云われます。シドニー在住のアルメニア系研究者のヴィッケン・バブケニアン氏の調査によると、米国から立ち上がった救済基金活動は世界に広がり、1922年に日本へ派遣されたウイルト牧師は渋沢栄一を訪ねて支援を要請しています。

栄一は「なぜもっと早く私のところに来なかったのだ。われわれが仏教徒だからクリスチャンが苦しんでいても助けないとでも思っていたのか。私はずっと前からこの事件ついて知っており、要請がなくとも救済に協力するつもりだった」と応え、その場で小切手を渡しました。更に栄一は協力を求める手紙を各界の重鎮に送り、「アルメニア人救済日本委員会」を設立しました。プレスを招待する晩さん会も設け、「that it was fully in their power to speed the good work and urged them to enlist heartily in this campaign for the sake of suffering humanity」(当時の英語紙The Japan Advertiserから抜粋)と訴えています。

渋沢栄一の人道的な行動は評価に値しますが、更に感動したのは「トケイ丸」という日本の貨物船の船長の行動です。1922年にギリシア軍とトルコ軍の戦場となった古代都市のスミルナ(現在は西トルコのイズミル)の街にトルコ軍が火を放ち、数多くのアルメニア人が虐殺されました。その港に碇を下ろしていた日本の貨物船の船長は、目の前で起きる大悲劇を見過ごせず、絹や磁器など貴重な貨物を海に捨て、逃げ場を失った数百名のアルメニア人を救済しました。他国の船は上からの許可なしでは動かないところ、万事休すの状況で、自ら責任を負い上からの指示の確認を待つことなく判断した船長は見事です。

その船長の名前が記録に残されていないところをみると、帰国した彼は重い処罰を受けたのかもしれません。キャリアとして誤った行動を取ったのかもしれませんが、人道的に正しい行動した船長のおかげで、大勢のアルメニア人が失いかけていた将来を取り戻しました。また後世の日本人に誇り高いレガシーを残してくれました。講演しかしていない私に対し大勢の方々から「Thank you very much from the Armenian people」と感謝の言葉をいただきました。

たった一人の思いや行動では会社の状況、ましてや時代の流れを変えることができない無力感があります。しかし子ども兵など人道問題の解決に取り組むNGOテラ・ルネッサンスの創設者の鬼丸昌也さんの名言のとおり、私たち一人ひとりは「微力であるかもしれないが、決して無力ではない」のです。一人が微力の存在であれば、一人ひとりの微力な力を数多く合わせれば事を成せます。これが、渋沢栄一の提唱した合本主義であり、我が国の資本主義の原点です。

2015年に国連が採択し、日本が官民で目指し始めているSDGs(持続可能な開発目標)の17ゴールの理念は「No one will be left behind ~誰一人取り残さない」です。言い換えれば「Everyone will move ahead ~皆で前進する」になります。微力でありながらも、形式に捕らわれることなく、近視眼にならず、良心が訴える方向へ、皆が力を合わせて前進することで後世に残すのは負の遺産ではなく、誇り高いレガシーです。

設立10年を経て、コモンズ投信は企業理念であるミッションを言語化しました。「一人ひとりの未来を信じる力を合わせて、次の時代を共に拓く。」これが、コモンズ投信の社名の由来である「コモン・グラウンド」の存在意義です。「今日よりも、よい明日」を実現させる「世代を超える」長期投資には、未来を信じる力が必要です。

未来を信じる力の持ち主は幸せ者です。未来を信じれば理想へとつながり、理想は行動につながります。そして、行動があるからこそ、幸福な結果が訪れるのです。日本は世界に18目のSDGsのゴールを提唱すべきではないでしょうか。その18目のゴールとは「幸せになること」です。「For all people~全ての人々へ」。