【有識者インタビュー】高山 千弘(エーザイ株式会社) 

takayamaエーザイ株式会社 理事・知創部 部長、(社)日本アスペン研究所 理事の高山千弘様にお話をお伺いしました。
(2013年9月26日)

Q:エーザイさんの経営理念についてお聞かせください。

A:当社では、ヒューマン・ヘルスケア(以下hhc)を企業理念として掲げています。hhcでは、当社の最も大事な顧客は、医療従事者ではなく、患者様とその家族であり、当社の目的は共通善であると定義しています。売上や利益といった業績は、目的ではなく、結果です。2005年の株主総会にて、この経営理念を定款に記載することが承認されました。(下図)経営理念が定款に載ったのは、上場企業の中では初めてとのことです。
hhcはCSRでもCSVでもありません。CSRは、利益が余ったら社会に還元しようという考え、CSVは本業を通して社会に貢献しようという考えです。どちらも企業活動の目的はあくまでも利益創出にある点がhhcと違います。私達にとって、利益は重要ではないと思ってはおりませんが、追求するものではありません。共通善が唯一の目的なのです。

図12

Q:ここまではっきり利益が目的ではないと明記しては、株主からは反対票も出たのではないですか?

A:それが全くなかったですね。それまで、当社はhhcという理念のもとに好調な業績を上げていて、十分に株主に報いていたことが、株主にも支持された理由だと思います。

Q:高山さんは、アスペン研究所の理事もされていて、徳を軸とする経営について詳しいですが、最近の企業の風潮についてどうご覧になっていますか。

A:CSVなどの考え方が出てきているのは素晴らしいことだとは思いますが、結局のところ、CSVは利益創出の一手法ですから、状況が変われば、どこかで元に戻ってしまうのではないかと思います。当社のhhcのように、定款を変えるぐらい本気で取り組む姿勢が他社にあれば、それは共通善を目指した企業活動につながります。
また、本気で取り組むためには、人の徳を生みイノベーションにつながるというプロセスが示されなければなりませんが、そこまで踏み込んでやっているところも少ないですね。当社ではhhcを実践するプロセスとして、一橋大学野中教授のご指導のもと知識創造理論を取り入れた経営を社員全員で実践しています。

Q:高山さんがヘッドを務めていらっしゃる「知創部」が、その知識創造プロセスの浸透を担っているわけですね。知識創造プロセスについてもう少し教えてください。

A:人の徳が生まれる温床は、患者様と分かち合う「喜怒哀楽」にあります。なぜなら、そのときに、自分の主観を捨て、相手の主観に入り込まねば、喜怒哀楽の共有はできないからです。
企業は、19世紀の産業革命以来、理性中心の経営をしてきましたが、知識創造経営では、理性だけではなく感性も重視します。感性を磨くためには、言葉やデータではなく、個別具体の体験が鍵になります。そして、個別具体の体験で感じた感性、すなわち暗黙知を、理性を使って形式知にし、より多くの関係者を巻き込んでイノベーションを起こし、それを患者様の感性に戻すというSECIのサイクルをまわしていきます。

図2

出所:エーザイ(株) (承諾を得て転載)

私自身の具体例でご説明しましょう。私は、アリセプトという認知症のくすりを担当する責任者でした。社長の内藤からは、「アリセプトを売るな。患者を救え、世の中を変えろ」と言われました。
私は当初、認知症の患者様には、思いや考えというのはないものと思っていましたが、実際に患者様と接するうちに、とても人間らしい思いを持っている方たちであることがわかりました。患者様は自分の家族に迷惑をかけることに心を痛めていたのです。また、患者様とご家族を救うためには、くすりだけではなく、コミュニティ全体の協力が必要であり、顧客が求めるのは「モノ」ではなく「コト」であることがわかりました。すなわち、アリセプトというモノが欲しいのではなく、「患者様とご家族が、希望をもって、コミュニティの中で支えられながら、安心して生活をおくるコト」を欲していました。患者様はコミュニティに存在していたのです。そこで、認知症に関する啓発セミナーを1千回もやりました。まさに、ソーシャルイノベーションの仕事でしたね。
今、当社のすべての社員が、患者様と共同化の作業に参加する、つまり患者様の喜怒哀楽を感じるために、就業時間の1%を患者様と共に過ごすことになっています。これは、重要な仕事の一部ですから、土日ではなく、平日に行われます。現場で得られた気づきを社内に持ち帰り、皆で共有します。その結果ソリューションやイノベーションにつながるテーマが500以上あがってきています。
たとえば、ある社員は乳がんを患う患者様のお宅にお食事を届けました。患者様は治療で疲れてしまって家族のために炊事をする元気が残っていなかったからです。社員は、そのご家族のだんらんの傍らで寄り添いながら、この家族の団らんがやがて終わってしまうという深い哀しみを患者様と共感しました。すると、社員にとって、乳がんのクスリを開発すること、あるいは売ることは、ルーチンの仕事ではなく、「あのお母さんとその家族のため」の解決策を全身全霊で取り組んでいくという人間の本能に基づいた仕事となるのです。
また、テーマの中には、法務部が医療事故撲滅のため病院に出向いて医療スタッフに指導するなど、間接部門の人が直接貢献するようなものもあるのですよ。

Q:このような考えと手法は、海外でも行われているのですか?

A:はい。全世界の各拠点に現地人のhhcマネージャーがいて、活動しています。
また、グローバルビジネスについては、当社は数年前までは日米欧の先進国しか見ていなかったという反省があり、「くすりが必要な人がいれば国境はない」と考え方を改めました。
そして、2012年には、途上国に蔓延する、いわゆる「顧みられない熱帯病」(neglected tropical disease)を制圧すべく、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、WHO、世界銀行、諸外国の政府などと共に、過去最大の国際官民パートナーシップを組み、共闘することを誓いました。その一環として、リンパ系フィラリア症のくすりの開発と無償供与を行っていますが、これもCSRではなくhhcに基づく事業という位置づけです。リンパ系フィラリア症の撲滅のために、賛同する地域の人々や各種機関と連携しながら、患者様を救う活動をエンデミック・カントリー(感染国)で行っています。
※詳しくは「企業事例:エーザイ」

Q:最後に、hhcの課題と今後の抱負についてお聞かせください。

A:SECIサイクルにおいては、共同化から表出化へのプロセスが難しいです。そのプロセスで、いかに深い気づきを得るかが課題です。
そして、今後は、まちづくりをもっともっと広めたい、海外でも広めたいです。そのためには企業間とNPOや政府とのコラボレーションが益々重要になっていくと考えています。hhcの考えに共鳴・共感・共振してくれるパートナーが増えることを願っています。