シリア難民の為に企業ができることは?(黒田由貴子)

国連UNHCR協会の使節団の一人として、ヨルダンにいるシリア難民の様子を視察に訪れた黒田由貴子(ピープルフォーカス・コンサルティング ファウンダー・取締役)のレポートです。ニュースでは決してわからないシリア難民の真相に迫ります。
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2013年9月、国連UNHCR協会の使節団の一人として、ヨルダンにいるシリア難民の様子を視察に行った。たった3日間だけだけど、国連のUNHCRの方にフルアテンドしてもらったおかげで、中身の濃い3日間となった。
今世紀最大の危機ともいわれるシリアの内戦について、日本では化学兵器のニュースのとき以外は大して報道もされないが、ヨルダン内のシリア難民キャンプには、連日マスコミや政府高官が大挙して視察に訪れている。(岸田外務大臣も7月に訪問。)そんな超忙しい中でも、UNHCRが我々のミッションに3日間も付き合ってくれたのは、それだけ日本での民間募金への期待が大きいことへの現れだろう。とにかく、難民を支援するための資金が足りていないのだ。

国連UNHCR協会は民間寄付を集める役割を担っている。そこで、現地での悲惨な状況を見て伝えることで、寄付を訴えなければいけないのだが、よくテレビで見られるような「飢えて死にそうな子供たちがたくさんいる」という単純な構図ではないところに、アピールの仕方の難しさがある。むしろ、現地にあったのは、国際政治に翻弄され続けた奥深く根深い中東問題の姿だった。

まず驚くのは、ヨルダンに逃げ込んだシリア難民の数の多さだ。正式に難民登録をしている人は50万人だが、していない人も少なくなく、正確な数字は誰も掴めていない。非公式な難民も含めると70万人くらいかと言われてはいるが、タクシーの運転手は130万人と言っていた。70万にせよ130万にせよ、ヨルダンの人口は500万人なので、日本人には想像できないような比率だ。
しかし、中東では国家や国境の概念がだいぶ違う。いや、もしかすると海に囲まれガラパゴス化している日本の考え方のほうが世界の中では特異なのかもしれない。ヨルダンとシリアは民族と宗教が同じで、さらには、国境をはさんでヨルダン北部とシリア南部では、両方に親族がいるのがごく普通だという。そして、そもそも、大多数のヨルダン国民は元パレスチナ難民である。加えて、イラク難民も多数いる。タクシーの運転手に、「シリア難民のことどう思う?」と聞いてみたら、「俺たちはブラザーだ。助けるしかないじゃないか。ヨルダンでは、外国人だからといって差別したりしない。シリア人もヨルダン人も同じような権利を得られるのだ。」と返ってきた。

<アーバン難民>

70万だか130万だかの難民のうち、難民キャンプにいるのは12万人。それ以外の人たちは、都市部に逃げ込む。彼らのことを「アーバン難民」と呼ぶのだそうだ。となると町中にホームレスがうようよいるのかと思いきや、そうではない。親戚や知人のところに身を寄せていたり、ヨルダンで職を得て、なんとか自活したりしている。

あるアーバン難民のお宅を訪ねた。母親と6人の子供たちでアパートに暮らしている。父親はシリアを離れることを拒み、口論の末、父親を置いて逃げることにしたという。かき集めて持参した有り金はすぐ底をついたが、UNHCRやNGOの支援、そして20歳の長男のアルバイトなどで、何とか食いつないでいる。子供たちはヨルダンの学校に通っているが、通学の交通費が払えないので、遠いのに歩いて通わせている。4歳の3男坊は、シリアの自宅近くの道端にころがる何体もの死体を目にして以来、性格が攻撃的に変わってしまったのだと、母親は嘆いた。長男は、親友が殺されてしまったと言い、死に顔のアップの写真を私たちに突き付けてきた。私は、「そんなもの見せないで!」と心の中で叫んだが、これに目を背けては何しにきたのかわからないと自分に言い聞かせ、その苦しみに満ちた顔と向き合った。
難民キャンプに行けば、食べ物は毎日配給されるし、家賃を払わなくてもいいし、キャンプ内に学校もある。「キャンプに行こうとは思わない?」という私たちの質問に対して、母親と長男は、「冗談じゃない!」と一笑に付した。「あんなところ住めるか」というわけだ。

<ザアタリ難民キャンプ>
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翌日、その「あんなところ」を訪れた。12万人の難民を有するザアタリ難民キャンプ。12万人という規模は、ヨルダン国内では5番目の都市に匹敵する。キャンプの統括責任者であるUNHCRのキリアンは、自分のことを「市長」と称した。
去年から今年の2月くらいまでは、毎日何千人もの難民が押し寄せ、それはもう大混乱状態だったそうだ。現在は、人道支援の国際水準を満たすだけの、衣食住が難民に行き渡っていて、キャンプ内にいる限りは生命を維持することはできる。5月に入って、レバノンのヒズボラがアサド政権を味方して、アサド政権が優勢になってきて以来、難民キャンプ生活が長引くことを想定し、少しでも人間らしい生活ができるよう、様々な取組がなされている。
というのも、アフリカの難民の場合、難民化する前から原始的な生活をしていたりするので、さほどギャップはないのだが、シリア人にとっては水道や電気がないキャンプでの生活は辛い。私には、シリア難民の姿は、東北の震災被災者の姿と重なって見えた。

人間らしい生活に向けて、テントに代えて仮説住宅を設置し始めている。中には、仮説住宅を少しでも自分の家らしくしようと、花壇を備え付けている難民もいるという。ただし、仮説住宅といっても、屋根と壁と床があるだけで、水まわりは共有施設を使わなければならない。トイレは100人に1つの割合でしかなく、しょっちゅう詰まって壊れてしまうという。アーバン難民が「あんなところ住めない」と思うわけだ。
また、キャンプを12の行政区を設け、自治体を組織化するように仕向けている。シリアで常に抑圧されてきた彼らが、いつの日か母国に戻ったとき、自治によるガバナンスのもと復興に取り組むことの練習も兼ねているのだ。
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キャンプの中では、私たちに寄ってくる子供たちがいる。キリアンからは、「子供たちは、とにかく自分への関心を求めている」と聞いていたので、そんなときは、「写真を撮ろうよ!」と、引き寄せた。一方で、悲しみに打ちひしがれている人や怒りを秘めている人たちには、カメラを向けられない。その日に難民キャンプに着いたばかりのある男性は、日本へのメッセージを求められて、こう吐き捨てた。「メッセージなんてないよ。国際社会は、ただ議論をするばかりで、アサド政権に対して誰も動こうとしない。国際社会にはもう絶望している。」
今回、私が目にすることはなかったが、キャンプ内でデモや投石などの行為は頻繁にあるそうだ。キャンプで支援活動を続けるNGOのJENの日本人職員も、石を投げられたことは何度もあるという。怒りをぶつける矛先がなく、国連やNGOに向かってしまっているのだ。「つい先日は、約300人の女性が集まって、キャンプ内の学校に石を投げていた」という信じがたい話をJENの職員が教えてくれた。常に高い緊張状態にある不安定な中東情勢の縮図が、ここキャンプ内にもあるのだ。

その他に驚いたこととしては、「レバ・シリ」の商人魂もここにあるということだ!「レバ・シリ」とは商才有するレバノンとシリアの貿易商たちの通称であり、私がその昔、ソニーに勤めていたころ、「レバ・シリ」の活躍でずいぶんと中東でソニー製品が売れたものだった。しかし、「レバ・シリ」には密輸に関わる人も多いというダークサイドがある。ソニー製品の密輸なら、税金逃れ程度の話だが、武器や麻薬、そして女性までをも売買する人もいるという。難民となった商人たちは、キャンプ内に店を立て始め、今ではなんと3000店が立ち並ぶ。ヨルダン人とのジョイントベンチャーもあるとかで、新鮮な野菜や、ローストチキン、洋服、アクセサリーなど、とにかく何でも買える。
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商人の中でも悪徳商人らは、支援物資をキャンプ外に「密買」して稼いているらしい。「人々の善意を踏みにじり、けしからん!!」と立腹したくはなるものの、一方で、写真のような配給食料を1年間毎日食べ続けなければいけない身にもなると、どうして非難できよう。以前、私はハイチの支援現場を訪れたが、援助に頼りっきりで何もしないハイチ国民を見て、たまらなく閉塞感を感じた。それに比べると、ここのキャンプに立ち並ぶ商店街には、眉をひそめつつも、そのたくましさに感嘆せずにはいられなかった。
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さて、商売の話になったところで、私の関心事である「企業はどう貢献できるか」について触れたい。日本企業で、難民支援の最大の功労社はユニクロだ。12万人もの難民のために、冬物衣料を提供してくれている。そのほかに私の知る限りでは、目立った企業の貢献は見られない。電気が足りなくて困っているそうだが、灼熱地獄の太陽にさらされているのだから、どこかの企業が太陽光発電をやってくれればよさそうなものなのにと思う。
また、JENは、キャンプ内の水衛生事業を統括しているのだが、汚水処理問題は深刻だ。小池百合子議員がキャンプを視察に訪れたとき、JENの職員がその話をしたところ、浄化槽の提供を検討することになったのだが、結局、日本の浄化槽は技術が高すぎて無理だということになったとか。安価で使いやすい低技術の浄化槽を開発すれば、難民キャンプのみならず、世界各国の新興国で恰好のBOPビジネスになりそうなのになあ。

最後に、今回の訪問で一番予想外だったこと。化学兵器使用とアメリカの爆撃予告で、さらなる大量の難民がヨルダンに雪崩れ込んでいるのかと思いきや、そうでなかった。UNHCRは、第2の巨大キャンプを建設して用意万端でいるというのに。
その理由は公式には明らかになっていないが、関係者が皆、口にするのは、ヨルダン政府が国境を封鎖しているのではないかということだ。寛大にもシリア難民を受け入れてきたヨルダンだが、いくらブラザーとはいえ、職の取り合いになるは、家賃は2倍に高騰するはで、ヨルダン側の辛抱も限界にきているという。
この噂が本当であるなら、私たちが目にすることのできないシリア内の国内避難民が大幅に増えているということだ。国境で追い返され、逃げたくても逃げられない人たちがが、どんな目にあっているのか。私ですら胸騒ぐのだから、母国にいる仲間を心配する在ヨルダンのシリア難民たちの心中は察するに余る。
私たちができることとしては、ヨルダンがまた国境を開ける気になれるよう、ヨルダンを助けることだ。つまり、ヨルダンに難民受け入れの負担を課すままにするのではなく、受け入れの恩恵を得られるようにしなくてはいけない。すでに、各国政府も国連もNGOも、在ヨルダンのシリア難民支援の恩恵がヨルダン国民にも及ぶように、様々な支援を行っている。たとえばJENは、約300校の学校のトイレ補修をしているが、学校のトイレはシリア難民が来たから壊れたということではなく、元々が荒れていたそうだ。そこでシリア難民支援の名目でこうした活動をすることで、ヨルダン人の子供たちにも喜んでもらえるようにしているのだ。

シリアのような中東問題を日本にてテレビなどで見ている限りは、自分たちにはどうすることもできないと思いがちだ。それでも、一人でも多くの人が、シリア問題に少しでいいから目を向け、少しでいいから募金すれば、ちりが積もり山となる。その山は、シリア難民の苦しみを少し緩和できるだけでなく、ヨルダンをはじめとするシリア隣国の安定、中東の安定に寄与することができ、悲劇の拡散を防ぐことができる。それを実感した3日間だった。