【オピニオン】「ブラックロックの投資先向け書簡について書いた記事のその後」黒田由貴子(PFC )

前回(1月)のブログ記事では、世界最大級の資産運用会社のブラックロックの「To prosper over time, every company must not only deliver financial performance, but also show hot it makes a positive contribution to society”というメッセージを含む書簡についての私見を書いた。(「世界最有力投資家が企業に宛てた書簡の衝撃と日本企業トップへの警鐘」)。
先日、ブラックロック・ジャパンの代表取締役会長CEOの井澤さんとお会いする機会があった。井澤CEOは、私の記事をご覧になっていて、「社会貢献やCSRという言葉で説明するのは不適切」という指摘をくださった。「ブラックロックが提唱しているのは、本業を通じて社会に貢献することであり、社会貢献やCSRという言葉は、寄付行為といった狭い意味での社会貢献を想起させるので誤解を招く」とのことである。
自分としても、「本業を通じた社会への貢献」を意図して書いていたのだが、確かに誤解を招きかねない部分もあったので、素直に反省したい。

さて、「本業を通じた社会への貢献」が注目されるようになった今日、各社のアニュアルレポートでもそういった記述を目にするようになった。特に、SDGs(国連が定める持続可能な開発目標)への貢献を記すケースがよく見られる。しかし、多くの場合は、後付けではないかと私は睨んでいる。つまり、アニュアルレポートを作成する段階になって、「この事業はSDGsのこの目標に関連しているね」と紐づけを行い記載しているだけであって、事業を立案しているときに、SDGsあるいは社会への貢献についてどれほど意識していたのかは怪しいと思うのだ。そして、SDGsは幅広い分野をカバーしているので、ほとんどの事業はどれかの目標に紐づけることができてしまう。こうした後付け作業を通じて、「我が社は本業を通じてちゃんと社会に貢献している」と慢心してしまう企業が続出することを危惧している。

では、後付け、紐付けで済まさないために、どうすればよいか。我々ピープルフォーカス・コンサルティングでは、事業がどう社会に貢献できるかを検討する他に重要なことが2つあると考え、それに基づいた研修やコンサルティングを行っている。1つは、自社のPurpose(存在意義)を今の時代に照らし合わせて考え抜くこと。もう1つは、自社の事業が社会にもたらす負の側面にも目を向けることだ。
※詳しくは、こちらの資料(PDFが開きます)のp11をご参照ください。

このPurposeという言葉だが、ブラックロック・ジャパンの井澤CEOとの会話でも、Purposeが今、経営のキーワードとなっていること、和訳に苦労することなどで盛り上がった。
なお、私は先ほど文中で、Purposeを存在意義としたが、井澤CEOが投資家に充てたレターでは、「Purpose(=企業理念)」と記されている。
企業理念浸透支援は、弊社の5つの主要サービス領域の一つだが、企業の中に理念に関連する様々なものが社内に乱立していて従業員が混乱している事例によく出くわす。創業理念、経営方針、ビジョンステートメント、ミッションステートメント、行動指針、価値観、何とかウェイ、社会貢献方針等々といった具合に種々打ち出されており、訳わからないというのだ。ここにPurposeが加わることで混乱が増すことが懸念される。

しかし、私が思うに(そして恐らくブラックロックも同じと想像する)、求められているのは、こうした種々の言葉の定義作業や作文作業ではなく、根本的な問いを自分たちに投げかけることだ。根本的は問いとは、井澤CEOのレターに書かれている「何のために自社は存在するのか、社会的にどのような役割を果たしているのか、果たしたいのか」ということだ。

そのようなことを考えていた最中、つい昨日、ある外資系企業の経営層の方々とミーティングをしていたときに印象深いやりとりがあった。その企業が着手している抜本的なビジネスモデルの改革について話していたのだが、ある事業部長の方が社長のほうを向いて、こう言った。「Are we purposeful enough?」そして、「我が社にはPurposeがある。しかし我々はそのPurposeを十分に意識し、そのもとで意思決定をし、従業員とそれについて語っているか」という問題提起をされた。私はいたく感心した。

こういうやりとりを日本企業の経営陣のミーティングで目にすることは滅多にない。前回の記事で、「社会的責任について日本企業は欧米企業に学ぶべきではないか」と書いたが、その思いが強くなった一件だった。日本企業がPurposeにどれほど向き合うか、投資家が投資先にPurposeに沿った事業運営をどれほど迫るか、目が離せない。