「ESG投資の最前線」(レポート-3)

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「我が社で大事なのは人材」という企業の情報開示は

黒田:お二人とも「ひと」が大事ということで一致した。我が社は、ピープルにフォーカスするコンサル会社なので、心強い。ところで、数値化しづらくとも、それを何とか数値化することで課題が見えてきてくることがあるのではないかと思う。いざ、様々な調査会社による従業員エンゲージメントレベルの国際比較調査結果によると、日本が一番低いというのはすっかり通説になっている。日本の会社は確かに「ひとが大事」と言うが、精神論で言っていることが多く、それを測ろうとするところは少ない。一方、欧米企業では、自社の従業員エンゲージメント調査をするのみならず、そのスコアと企業価値の相関関係を分析したりしている。そして大いに相関関係があるということがわかれば、経営層の評価項目に入れたり報酬に反映させたりしている。特にハイテク系ではそうしたことを重視しており、グーグルのような企業がピープル・アナリティクスを熱心にやるようになり、ひとのやる気や生産性などを数値化したりデータで実証したりすることが広まっていった。

さて、非財務情報が重視されるようになったことで、統合報告書を発行する企業が日本で増えている。統合報告書について感想や要望など教えていただきたい。

井口:今、黒田さんがおっしゃったことに共感する。それは統合報告書にも表れている。よく、CEOメッセージでは「我が社で大事なのは人材です」といったことが書かれていながら、本文で、人材をどう活用し、どう達成度を測っているかといった情報が掲載されているのは、1社か2社を例外として、見られない。ひとは大事であるからこそ、その部分に関する開示がなされていないのは問題だと思う。

好事例として、スウェーデンのアトラスコプコという鉱山機器メーカーをあげる。機器を売るというビジネスモデルからサービスを売るというビジネスモデルに変わろうとしている。このため、人材教育がカギとなるということを統合報告書でCEOが語っていた。そして、人材教育の取組みの項目とその進捗が開示されており、さらには、取締役会がちゃんとその進捗状況をモニタリングしていることが説明されていた。

統合報告書が出始めた10年ほど前「こんなものを作って誰が読む?」と言っていたある企業の方がいた。そのころは、統合報告書を作ったとしても英語版だけという企業もあった。それが今は、任意とはいえ、多くの企業が統合報告書を作るようになり、「誰が読む?」などということを言う人もいなくなり、クオリティもあがっている。ただし、内容はかなり偏りがある。ビジネスモデルや戦略の説明は世界でも超一流のレベルだが、ガバナンスのやり方や役員報酬の決め方の説明がない。あるいは先ほど述べたように人材に関する情報もない。偏りを是正していかないと、投資家として情報を一覧して見ながら企業価値を見極めることが難しくなる。

渋澤:統合報告書が出始めた10年前には、「ここまではIR部が作ったページ、ここからはCSR部が作ったページ」という印象のものが多かった。つまり、内容が統合されておらず、ホッチキス止めされているようなものだった。やがて、ベストプラクティスが出てきて、それが参考にされて、近年の日本企業の統合報告書のレベルはかなり上がってきている。

統合報告書の意義は何か。報告書は、通常、年度末が終わって作成に取り掛かり、出来上がるのは早くて半年後である。業績などのデータを求める人にとっては半年も待てない。それよりは、すぐにウェブサイトを見にいったり、データをダウンロードできたりするほうがよい。したがってデータの報告ということであれば、報告書は作る必要などない。それでもあえて報告書の冊子を読む意味は、企業が世の中に伝えたいストーリー、それもインテグレートされたストーリーを読むことにあり、そのストーリーが年々どう進化してきているかを読み取ることにある。

なお、欧州のIRC(Integrated Reporting Council)によると、統合報告書は株主のために作るものとなっている。しかし、思うに、統合報告書はその企業の社員も読むべきではないか。報告書のベストプラクティスの企業の社員ですら、ほとんど自社の報告書を読んでいなかったりするが、社員、さらにはその家族が統合報告書を読み、自社のことを誇りに思うきっかけにしてほしい。

先ほど、「うちの統合報告書を誰が読む」と言う人がいるとおっしゃっていたが、そんなことを言う企業には投資したくない。「是非、我が社のストーリーを読んでいただきたい」と言うべきではないか。

黒田:今、75%の上場企業が報告書の中でSDGsに言及しているそうである。自分が見る限り。大多数の企業が元々ビジネスでやっていることをSDGsのカテゴリーに紐づけているだけで、それをもって統合報告書だというのはいかがなものかと思っているが、どうか。

井口:先般、イギリスに行ったとき、企業報告の識者の方から、「日本から送られてくる最近の報告書には、よくビジネスモデルのところにシールみたいなのがベタベタ貼られているが、あれはいったい何か?」と聞かれた。(笑)

SDGsはとても大事な流れと思っている。こうした大きな社会の流れに対して、どう企業が機会やリスクを認識し、どう立ち向かおうとしているのかを投資家としては知りたい。ビジネスでSDGsのこれをやっている、あれをやっているということよりも、流れに対してどう対応しているかというストーリーが知りたいのである。

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