【講演録】「事業活動で中国の社会問題を解決するーハイディラオ(海底捞)」施永宏(ハイディラオ創業者)(第3回GEI有志会)

事業活動で中国の社会問題を解決する
~14億の中国人に愛される企業、ハイディラオ(海底捞)創業者が語る

ハイディラオ2

第三回有志会のテーマは、「事業活動で中国の社会問題を解決する」。
2016年7月1日、海底捞(ハイディラオ)創業者の施永宏さんを北京本社からお招きして、セミナーを開催しました。


■農村出身の従業員が驚きのおもてなしサービスを提供
ハイディラオは、中国では誰もが知っている「おもてなし」火鍋(中国しゃぶしゃぶ)チェーン。1994年に四川省で1号店を開店して以来、4人で始めた火鍋ビジネスは、社員数3万人、店舗数160店(中国、日本、シンガポール、アメリカ、韓国、台湾)、売上高60億元(約1000億円)にまで成長を遂げました。

中国は、環境汚染、少子高齢化、格差問題、食の危険性、人権問題など様々な社会問題を抱えています。具体的には、三農問題(農業の低生産性、農民の貧困、農村の荒廃)、戸籍問題、留守宅児童、流動児童、医療問題等が人々の暮らしに深くかかわる社会問題となっています。今回ハイディラオを取り上げたのは、ハイディラオが、こうした問題に立ち向かうべく、農村貧困層の人を積極的に雇用し(従業員の9割が農村出身者)、独自の人事体系や工夫で彼らを育成し、誰もが感動する「おもてなしサービス」を実現しているからです。

ハイディラオのサービスが本物であることは、有志会にも参加した中国在住経験者の方たちが、次のようなコメントで証明してくれました。
・いくつかのハイディラオのお店に行ったことがあるが、どこのお店でも一貫して素晴らしいサービス水準で驚いた。
・私は、中国人は「働かない国民」だと思っていたが、ハイディラオに行って自分が間違っていることを思い知らされた。
・自分は中国で日本料理屋を経営しているが、ハイディラオに行くと、いつも店員さんたちを連れて帰りたいと思う。でも、皆さんとても楽しそうに働いているので、きっと彼らは辞めないのだろうなとも思う。

ハイディラオは、どのようにして、こういったことを実現しているのでしょうか?

有志会笑顔

■「自分の手で運命を切り拓く」機会を従業員に与える

その答えを一言でいうと、ハイディラオの「理念の経営」です。理念の一つに「双手改变命运(自ら運命を切り拓け)」があります。その理念ができた経緯について、施さんは、自分の生い立ちから話し始めました。

「私は、労働者の家庭で生まれ、肉まんひとつも買えないほど貧しい家庭でした。1988年から国有企業の労働者として6年働いていましたが、月給は37元(当時のレートで1200円程度)。とても低い収入でした。真面目に働いても給与はほとんど上がらず、むしろずるがしこい人の方が給与が上がっていく世界でした。ここにいても、先が開けないと悟り、友人と一緒に4人で起業することを決めたのです。今から20年以上前の話です。4人で始めた火鍋店。国有企業をやめての起業です。逃げ道はありません。一生懸命働き、生き残り、稼ぐことができるようになりました。次第に貧しさから抜け出し、親も養えるまでになりました。
少しずつ従業員も増えてきたのですが、従業員の家庭を訪問したら、自分達よりももっと環境の悪いところにいることを知ったのです。自分達の生活だけでなく、仲間の生活もよくしたいと思うようになりました。会社はその後、発展し、4人の運命が変わり、ついてきてくれた仲間の運命も変わっていきました。一生懸命働くことで、従業員たちも良い収入を得、生活の水準も上がり、社会から尊敬されるようになったのです。この経験が、『自分の手で運命を切り拓け』という理念につながっていきました」。

さらに施さんは熱い思いを伝えます。

「自分たちの生活を豊かにするだけでなく、若い人が自分の力で人生を変える、そんな支援をしたかったのです。農村にいた貧しい子供達を私たちが雇わなければ、彼らは実社会でもっと傷つくと感じたのです。彼らを放っておけなかったのです。企業としてリスクを負っても、彼らを雇い、彼らを教育して、良い大人になることを支援したかったのです」。

ハイディラオは、火鍋というシンプルな料理で、過酷な環境にある人々が、「私も頑張れば、自分の人生が変えられる!」という夢への道を整備し、中国の社会課題に挑戦し続けています。中国の日系企業の多くが、いい人材が採用できないと嘆きますが、ハイディラオでは全国から応募の人の列が絶えない状態が続いています。

■驚きの人事管理システム

それにしても、ハイディラオのサービスで驚くのは、決してマニュアル通りではなく、3万人の従業員がお客様一人ひとりにあったサービスを提供できるということです。その秘訣はどこにあるのでしょうか。経営理念の浸透や経営陣による率先垂範に加えて、独自の人事管理システムを施さんはスライドを使って説明してくれました。

「独自の人のマネジメントシステムには2つの側面があります。まずハードの仕組みとして、社員への教育、パフォーマンスの評価、給与と処遇、昇進と淘汰。これらをきちんと連動させていくことが非常に重要です。それぞれが連動していなければ、決して人を育成することはできません。そして、ソフトの仕組み、つまり人の心に働きかける仕組みです。私たちは、これを『絆づくり』と呼んでいます。社員はみんな家族。ハードな仕組みだけでは、プレッシャーとストレスで潰れてしまいます。したがって、このソフトの仕組みとバランスをとるのです。」

これだけ聞くとさほどユニークであるように感じないかもしれませんが、その後の質疑応答で具体的な仕組みが次々と明かされていくにつれ、会場は驚きの声に包まれました。中国での人事管理のエキスパートであり、コメンテーターとして参加されたEY(アーンストアンドヤング)の堀江さんさえもが、「そんなやりかたがあったか!」と感嘆されたほどです。

質問には次のようなものがありました。
 ■「おもてなし」に触れたことがないような人たちに、どうやって最高水準のおもてなしの技術を身につけさせているのか
 ■給与と福利厚生はどうなっているか
 ■同業他社より高い給与を支払いながら、なぜ利益を出すことができるのか
 ■評価の仕組みはどうなっているのか、どうやって評価の公平性や透明性を保っているのか
 ■降格した社員のケアはどうしているのか
 ■昇進できない社員のモチベーションをどう維持しているのか
 ■中国人は自分の地位を守るために、部下を教育したがらないというのが通説であるが、なぜハイディラオでは上司が熱心に部下を教育するのか
 ■90年代生まれの世代の教育はどうするのが効果的か
 ■仕入先による購買部への賄賂を防止する方法は
 ■会社が大きくなっても企業文化を維持できるのはなぜか
 ■会社が大きくなると、部門間の壁ができるものだが、どう対処しているか
 ■「絆づくり」の具体策をいくつか教えて

施さんは、どんな質問にも率直に具体的にお答えになりました。ある参加者の方が「ここまで包み隠さずお話しされているということは、きっと他社には真似できないという自信がおありですね」とコメントされたほどですが、オフレコを条件にしていたために、残念ながら、施さんの回答をここに書くことはできません。ただ、最後の質問にあった「絆づくり」の具体策について一例をご紹介しましょう。

「中国には、留守宅児童問題、流動児童の問題、医療問題。簡単に解決できない問題が山積しています。私たちの従業員の多くは農村戸籍。彼らの多くはこれらの問題の中にいるのです。『絆づくり』を通じて私たちは、企業レベルでできることをしたいのです。」
「絆づくりの一つに、医療扶助制度があります。日本とは異なり、中国では治療の前に必ず医療費を支払う必要があるのですが、その医療費を払えなければ、治療はおろか、診察さえしてもらえないことがあります。ハイディラオの医療扶助制度は、会社が治療費のすべてを支払い、従業員に医療サービスを受けてもらう仕組みです。尚、従業員はこの治療費を返却する義務はありません。また、救済基金を作り、従業員の家族が大病したときにも、返済不要の治療費を出しています。」

施さんは、人づくりの要諦を次の言葉で締めくくりました。
「深度理解人性,用心关注细节(=人の“さが”を深く理解すること、小さな些細なことに魂を込めること)」

人の無限の可能性を信じ、同時に人の心に宿る悪魔にも目を向け、厳しさと優しさのバランスを持ち、細部にこそ神が宿ると信じて企業運営を行うこと。この本質を貫く言葉と、終始一貫してどんな質問にも真摯に包み隠さずオープンに語るその姿勢に、参加者の多くが施さんの虜になりました。事実、終了後も施さんの周りには参加者がたくさん集まり、WeChat(中国版Line)の交換や写真撮影の依頼が殺到していました。

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最後に、セミナー会場ではうかがい知れなかった施さんの魅力をさらに一つ。

施さんは常に一人で行動することをポリシーにされています。「お客様、社員へのおもてなし」を創業から一貫して大切にしてきていて、自分のコストは極力かけず、すべて社員や店舗にまわすようにしているとのこと。今回の日本への出張もお一人で来られ、そして一人でお帰りになりました。

誰が見ていなくても、常に自身のポリシーに生きる施さんに、心底惚れました。
(PFCシニア・コンサルタント安田太郎)

安田さん写真

左:安田太郎(PFC)、中央:施永宏氏、右:堀江徹氏(アーンスト・アンド・ヤング日本)